新皮生活
shinpi-seikatsu
平野と藤田によるアートユニット。2018年に結成。からだと知覚の交点(動きと形、思考と景観)を再構成し、鑑賞者が自身を開いたり閉じたりしながら他者や外と接続できる場をつくる。環世界をテーマにした「蝶とでくのぼう」「巻いた渦をもどす」がある。
statement
動物のからだは長い筒なんだと誰かが言っていた。なにかを守るかたち。中心に何かを集めるためのかたち。
生まれながらの筒たちは、地面に立ち、あるいは佇み、散らばって、小さな穴からぎょろりと目を覗かせて、閉じた世界に光が入るのを待っている。不自由かもしれないが、そんな形で生きてきた。ひらひらと蝶が飛ぶ。それをごく限られた視界の中でとらえ、木漏れ日や落ち葉と間違えながら、あっというまに遠ざかる白い点をあわてて目の端で追う。
一方的な観察者。でくのぼうだ。なんの記号も与えられない。陽の光を遮る何か、蜜のない雑木のようなものとしてばらばらに存在している。交わっているようで、交わらない。
見る・見られる。こちらの見るとあちらの見るはたぶん違う。色も、スケールも、ピントを合わせる位置も、輪郭線のかたちも。無関係なものは世界からこぼれ落ちていく。見えない・見られない。
ならば、知覚マップを超えて無関係な他者を夢想しよう。そばにいるのに見えない、見えないことをしらない、しらないけど感じる、ものたち。遠くの影の重さ、空から降ってくる粒感、はばたきのリズム、呼吸のゆくえ、すべてに仮説を立ててみる。勝手なイメージをくっつけてみる。もしくは、意味を奪い、新しく意味を与えてみる。分解しながら、統合してみる。「間違い」から、新しいなにかと接続してしまうことに期待して。
蝶はさなぎの中で一部の神経や呼吸器をのぞいてぐちゃぐちゃになる。完全変態し、蝶になっても芋虫のときの記憶は残るらしい。
筒人間は筒の中でどんな記憶を持つのだろう。